【創作物語】三つの名前を持った猫 その1

車がこないか左右をよく確かめて、道路を渡った。
 あの薬局の角を曲がると、なつかしい我家が見えるんだ、と思うと、マルコの心臓は、期待と不安で、バクバクと激しく音をたてそうだった。
(家を出てから三年と五ヶ月。みんなは、元気で居るだろうか、私のことを覚えてくれているかしら?)そう思うと不安が募る。
 そもそも私が中田家の一員として迎えられたのは、かれこれ五年も前のことだ。
 私は、四人兄弟の一番下に生まれた、たった一人の女の子。
 母さんを囲んで私たち四人は、平穏に暮らしていた。
 そのうち兄たちは、里親が見つかって、もらわれてゆき、私だけが残った。
 ここの家主は、七十すぎのお爺さんだった。
 お爺さんは母さんを我が子のようにかわいがっていたが自分の年を考えると赤ちゃん猫を飼うのは無理だと思っているようだった。
 母さんは私を優しく毛づくろいしてくれながら諭すように話して聞かせた。
「いずれおまえは、捨てられる運命だろう。
だけど私にはどうしてやることも出来ない。どうしたら人間に飼ってもらえるか、おまえは猫道を学ばねばならないんだよ」
 母さんは、私に、自分の経験や賢く生きる知恵をいろいろと授けてくれた。
 三月のある日の早朝、お爺さんは袋川の堤防の下に私を置いた。
「ごめんよチビ、いい人に拾われるんだよ」
 そう言うと、ポケットから鰹節を取り出して私の前に置いた。
 美味しそうな匂いにつられて食べている間にお爺さんはいなくなってしまった。
私は母さんの予言どうり、袋川の橋の下に
捨てられた。
 悲しくって、淋しくって、暫らく草むらでニャアーニャアーと鳴いていた。
 たまに散歩の人が通るが、私の鳴き声を気に留める様子もなく、さっさと通り過ぎてしまう。
 突然母さんの声が蘇った、(賢くたくましく生きるんだよ)と。
(そうだ、こんなところで鳴いてちゃだめなんだ)
 私は堤防を駆け上がり、人家をめざして歩き出した。
 しばらくすると、道の向こう側にゴミ袋を持った女の人を見かけた。
 彼女の所へ行ってみようと、大急ぎではしりだしたとたん車とぶつかりそうになった。
 飛び出した私を見て、車は、キキッーと急停車した。

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