【創作物語】三つの名前を持った猫 その2

車は、私の頭上で止まった。
 私はびっくりのあまり固まってしまった。
 車から女の人が降りてきて、車の下を覗き込み、動けないでいる私を引きずり出して、何処か怪我していないか、全身を調べだした。
 なんとも無いと分かって安心したのか、彼女は、道端にペタンとしりもちをつくように座り込んで、私を抱いたままつぶやいた。
「よかった、よかった。轢いてしまったかと思った。あぁ、びっくりした」
 そういうと、よほど安心したのか、私を撫でながら、突然ワーワーと声を上げて泣き出した。
(なんてやさしい人なんだろう)女の人の体のぬくもりを心地よく感じながら(急に飛びだしてごめんなさい)という思いで、彼女の手を、ぺロッぺロット二度ほど舐めた。
 それから彼女は、私を車に乗せて、自分の職場に連れて行った。
 そこは、中田動物病院だった。
 彼女は、その病院の看護師さんだった。
「おはようございます。」
 と挨拶してから彼女は、男の人に言った。
「先生、急に飛び出してきたこの子を、轢きそうになりました。大丈夫だと思うのですけど念のため異状がないかどうか、ちよっと見ていただけませんでしょうか」
「どーれ」
 と言って、先生と呼ばれた男の人が、私をくまなく診て言った。
「大丈夫だよ、何とも無い。しかしこのチビ猫は幸運だったなぁ、ルリちゃんに見つけてもらえて。しかし、ダニだらけだよ、この猫は、おまけに、ヘルニアもあるし、まるでダニヘルだなぁ、この猫」
「ダニヘル、いいねぇ!この猫の名前をダニヘルと呼ぼう」
 もう一人の男の人が言うと、そばに居たみんなはドッと笑った。
(ダニヘルだなんて、失礼しちゃうわ、私は女の子なのよ)と少し憤慨したけれど、ルリちゃんと呼ばれた女の人は、私を、きれいにシャンプーしてくれて、ダニ駆除の薬をつけてくれ、何かと面倒を見てくれた。
「お腹空いてるでしょう、さぁおあがり」
 ルリさんは、缶詰を開けるとお皿に移してくれ、私は夢中でそれをむさぼった。
 こんな美味しいものは、今まで食べたことが無いと思うほどおいしかった。
 たった一日で、劇的に運命が変わるなんてしかも幸運の女神がほほ笑むなんて、信じられない。ここに居られるなら、不本意だけどダニヘルと呼ばれても“ま、いいか”と思った。
 お腹も満たされ、落ち着いたところで、よく観察してみると、この病院には、男の先生二人と、看護師の女の人が二人、掃除なぞの雑用する女の人が一人の五人がいた。
 誰もが私を、ダニヘルと呼んで、かわいがってくれた。

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