【創作物語】三つの名前を持った猫 その6

公園の前で、その猫は止まった。
 そこからゆっくり歩いて、公園の一番奥の向かい側にある一軒の家の前で止まった。
「あそこ、見てごらん、魚がいっぱい干してあるだろう」
 その猫の言う方向を見ると、本当に魚がすだれの様に干されていた。
「あの家の主人は、釣りが好きで、土曜日の朝、まだ暗いうちに海にゆくんだ。釣れた魚は、決まって干物にするんだ。それをちょっと失敬するのさ。みておいで」
 そういうとベランダの傍の木に、スルスルと登って、木からベランダに飛び移った。
 それから、音も立てずに、ベランダの手すりに飛び乗ったかと思うと干物にアタックして、一枚を口にくわえてまた、木に飛び移り、スルスルと降りてきた。
「ほら、これ食いな。アジという魚だ」
 私の前に魚を置くと、もう一度同じことをして自分の分をくわえて降りて来た。
「ここの主人は、海が荒れないかぎり、土曜日は海へ釣りに行くんだ。だから土曜日の夕方はいつも魚のすだれが見られるのさ」
 そう言うと、うまそうに魚を食べ始めた。
「うまいなぁ、この盗み食いは止めれんな」
 本当に美味しかった。少々の危険を冒してでも、食べたくなるのが分かる気がした。
「ところで、君はなんて名前だい」
「私は、マル子、中田さん家よ、あなたは」「俺か、俺は生まれてこの方名前なんぞ付けてもらったことは無い、ノラとでも呼んでくれや」
 魚をたいらげたノラは
「じゃぁな、気を付けて帰れよ」
 そう言い残すと、もうスピードで駆けていった。
 私も、家に帰って今日の出来事を、アルやオマたちに、話して聞かせた。
 彼らは、木からベランダに飛び移るその身軽さに、しきりに感心した。
 同じ猫だけど、私には、彼のような芸当はとても出来ないと思った。
 それからしばらくノラには出会わなかった。
 私は昼前に出て、夕方必ず帰るという規則正しい生活を続けていたので、家人はすっかり安心していて、私を自由にさせてくれた。
 ある日のこと
 私はアルとオマと一緒にベランダで日向ぼっこをしていた。
 温かい日差しにウッラウッラしていると突然アルがワンワンと外に向かって威嚇するようにほえだした。
なんだ!と思って外をみてみると一匹の猫が中の様子をうかがっていた。
「オオーイ、マル子」
 その猫は私に呼びかけた。ノラだった。
「あらノラ、久しぶりね、元気だった」
「見てのとおり元気さ」
 それから私はアルとオマにノラを紹介した。
「こんにちは、マルコと仲良くさせてもらっています」
 アルとオマとノラはお互い名乗りあった。
「今からちょっとマルコをお借りします」
 ノラは紳士的に挨拶をした。
「遊びに行ってきます」
 マルコはベランダから飛び降りてアルとオマに言った。
「あぁ、行っておいで。暗くならないうちにかえるのだよ」
 アルの忠告をしまいまで聞かないうちにノラについて走った。
 あまりの速さに遅れまいと必死になって後を追った。

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