【創作物語】三つの名前を持った猫 その9

どれぐらい時間が経ったのだろうか?
 気がつくと左の後ろ足が包帯でぐるぐる巻きにされていた。
 お医者さんらしき人が、おばあさんと話をしていた。
「左足が折れていたので、手術をしました。
後は日にち薬でしょう」
「ありがとうございます。この猫は、私の家の玄関わきで、死んだようにうごかなくなっていましてね。きれいな首輪をしているのできっと何処かの飼い猫だと思うのですが、足がよくなるまでしばらく預かることにします
「それはまあ、奇特なことですなあ。頭が下がります」
「それで先生、私は運転ができないもんで往診に来てもらう訳にはいかないでしょうか」
「いいですよ、住所を書いて帰ってください
 おばあさんは、住所を書いて支払いを済ますと、待たせていたタクシーに私を抱いて乗り自宅へと帰ってきた。
 しばらくすると玄関で声がした。
「お母ちゃん、たのまれたもん、買ってきたわよ」
 中田家のお母さんと同じ位の年かっこうの人が入ってきて、大きな袋からいろいろな品物を座卓の上に並べだした。
 猫用の缶詰、猫用トイレに猫砂、それにオムツまで入っていた。
 そして私は、強制的にオムツをつけられた。
 よく観察してみると、おばあさんは一人暮らしで時々娘さんが訪ねてくる。
 一週間に一度の時もあれば、二回、三回のときもあって、定期的に来るというのではなさそうだ。
 おばあさんが、買い物を頼むらしく、来るときは両手にどっさり荷物を抱えてくる。
 うれしいことに必ず私のおやつまで入っているのだ。シラスなんかをおやつにもらえる日は、最高に幸福な気分がする。
 この界隈は、毎朝、魚屋さんが、車で魚を売りに来る。お婆さんは、自分の分と、私の分も必ず買って、煮たり焼いたりした物を、丁寧に骨を取り除いて細かく食べやすくして
私に、与えてくれる。缶詰よりか何十倍もおいしくって至福のときを過ごすのである。
 私は、自分がマル子という名前だとおばあさんに伝える手段がないので、ミー子、ミー子といってかわいがってくれるおばあさんにすっかり甘えてしまってミー子という名に満足して生活していた。 

 一ヶ月もすると、ギブスもはずれ、歩く練習をすこしずつ始めた。
 最初は力を入れるのが恐くって、三本足で歩いていたが、徐徐に左の後ろ足を使うように練習した。
 おばあさんは、私を膝に抱いて左足をやさしくマッサージしてくれた。
 おかげで、暑い夏も過ぎ、朝夕が少し過ごし易くなるころには完全に回復していた。
 おばあさんは私を膝に抱き、背中をなぜながら話しかける。
「ミー子や、もうすっかり良くなって、きっと元のお家に戻りたいだろうが、お願いだから何処にも行かないでおくれよ。私は、おまえが居なくなることを想像するだけで耐えられないよ。ずうーと私の傍にいておくれよ」  私を、いとおしそうになぜながら言われると怪我の治療をしてもらい、親身に世話をしてもらった恩返しは、一人暮らしのおばあさんに寄り添って生きることしか出来ないんだと自分に言いきかせた。
中田家の皆んなが心配しているだろうと思うと、今すぐにでも飛んで帰りたいと思ったが、私がいなくなった時のお婆さんを想うと
行動に移すことが出来なかった。

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